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犬の唄(柳原義達) [ART]

柳原義達_犬の唄1961_01.jpg

 『犬の唄』だなんて奇妙なタイトルの彫像だなぁ。何かちゃんとした意味が有って、そう名付けられているのかな?。

 東京国立近代美術館にて2013年01月14日まで開催されていた展覧会、『美術にぶるっ!』にも出品されていた柳原義達制作のブロンズ像。デフォルメの効いた、存在感たっぷりの女性裸像です。ですが、この作品を目にした人の多くが、ストレートに「素敵」だとは、おそらく思いはしないでしょう。そして、しげしげと作品を一通り眺めた後に作品に添えられたタイトルを目にして、『犬の唄』とは何ぞや?と、小首をかしげるのではないでしょうか。当然の様に、僕もそんなふうに思った1人だったのです。




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 僕が初めて柳原の作品、『犬の唄』の存在を知ったのは、2011年12月。建築家シャルロット・ペリアンの展覧会を観に、神奈川県立近代美術館の鎌倉館を訪れた時のことでした。同じチケットで入れるものですから、普段は目の前を通り過ぎるだけの鎌倉別館にも、たまたま足を伸ばしてみたのです。

 そうして、美術館の庭部分に屋外常設してある、この『犬の唄』と出会ったのでした。

柳原義達_犬の唄01.jpg

 ご覧のとおり、東京国立近代美術館のヴァージョン(1961年)とは、同じタイトルで同一のモティーフではありますが、その表現手法は随分と違っていますね。神奈川県立近代ヴァージョンの制作は1983年と、前者より22年も後に制作された作品ですが、前衛的カラーは薄まり写実色が増しています。極端なまでのデフォルメは採用されずに、こちらの像はよりモデルの実像に忠実に制作されているだろう事を窺わせるのです。

柳原義達_犬の唄02.jpg

 彫刻家・柳原義達について、僕はそれほど何かをよく知っているわけではありませんが、彼の作品を幾つか写真に収めてこのblogにも掲載していますから、多少は馴染みの有る作家です。それでも、この女性裸像が素晴らしいとは、素直に思えませんでした。こんな見方はいけないのだと重々認識してはいますが、やはり、この女性の容姿が端麗かと云えば、そうではないと感じてしまう自分が確実に存在するわけで(^^ゞ、美的感覚に訴えられるものを何一つ、この時、この作品からは受け取れなかったのです。なんで『犬の唄』だなんてタイトルなんだろう?、とは思いつつ。


 その様なふうでしたから、家に戻っても、『犬の唄』について何かを知りたいと思うこともなく、しばらくは全く思い出しもしませんでした。

柳原義達_犬の唄03.jpg

 そんな或る日、以前から愛聴しているエリック・サティの作品集CDを聴きながら、偶々、ふと気付いたのです。今聴いているのは、『ぶよぶよとした(犬のための)前奏曲(4 Preludes flasques - pour un chien)』※。こちらも、如何にもヒネクレ者のサティらしい、奇妙奇天烈なタイトルが付いた短い4つの小曲から成る作品ですが、その内の3曲目が、その名もずばり「犬の唄」と名付けられている事に。

 ひょっとして、サティと柳原作品との間に何か影響関係があるのだろうか?。
 この時そう思った僕は、ここで初めて『犬の唄』について、何かを調べてみようと思ったのです。
日本語表記は-『4つのしまりのない前奏曲』(犬のための)-など、訳者により様々

 すると、すぐに『犬の唄』と云う名の、古いシャンソンが普仏戦争後のフランスで流行った事が判りました。この曲自体は、残念ながらサティとは直接関係しない様なのですが(サティは場末のカフェ、シャ・ノワールの専属ピアニストでしたから、もちろんその曲の存在は知ってはいたでしょう)、この話はサティの楽曲にではなく、これまたフランスが誇る偉大なヒネクレ者(^^ゞの芸術家、エドガー・ドガの作品へと繋がっていたのです。

 ちょっと脱線的な雑学話になりますが、サティとドガは全く無関係の様でいて、ある一人の女性を間に置くと、そう縁遠くもない二人になります。その人は、サティの人生で最大にして最後の痛手を被った失恋の相手、シュザンヌ・ヴァラドン。彼女はロートレックとも恋愛関係にあったりするなど”恋多き女性”でした。彼女自身も父親のいない私生児でしたが、同じ様に未婚のまま男の子を1人出産します。その子が画家・モーリス・ユトリロです。後に彼女自身も画家となるシュザンヌは、若き頃にシャヴァンヌやルノワールと云ったこの時代のビッグ・ネームのモデルを務めていたことで知られていますが、同様にドガのモデルにもなっていたと云われています。そして、ドガには自らが描いたデッサンを見せて、寸評やアドバイスを貰っていたそうで、謂わば画家シュザンヌを誕生に導いてくれた恩師とも云える存在なのです。年長のドガの方はともかく、サティはシュザンヌのこともあり、きっとドガの名を永く意識しないわけにはいかなかったことでしょう。



ドガ_カフェコンセール.jpg

 こちらが、そのドガの作品、『カフェ・コンセールにて(犬の歌) 』。歌い手が肘を折って両手を前にだらんと下げるこのポーズは、犬が飼い主に媚びるポーズを模したものなんだとか。

 カフェ・コンセールとは、歌手のライブ・パフォーマンスが観られるカフェのこと。ドガたちの生きた19世紀後半、1870年代になるとセーヌ県知事オスマンのパリ整備計画に伴って急速に街灯の設置が進み、パリっ子たちの夜遊び事情も大きく変化します。夜でも明るい街へと繰り出して、こうしたカフェなどで歌手の歌やコメディアンのショーを楽しむのが先端トレンドとなるのです。ドガも御多分に漏れず夜遊びが大好きだった様で、カフェコンセールにバレエにオペラにと足繁く通います。そして、この絵に描かれている歌手テレザ(本名:エマ・ヴァラドン 1837-1913)もドガお気に入りのパフォーマーでした。彼女は1870~80年頃にかけて、パリでもっとも人気のあった歌手の一人だったそうです。

 この絵が描かれたのは1876年で、当時のフランスはまだ普仏戦争(1870年7月19日~1871年5月10日)の敗戦を引きずっていた時期。人々は戦争の終了を歓迎しつつ、プロイセン(※戦後、統一ドイツ帝国が誕生)に対する降伏の屈辱、戦争の傷跡もまだ生々しい頃でした。中でも、アルザス・ロレーヌ3県の割譲はフランス人のプライドをいたく傷つけ、ドイツに対する反感憎悪を深める結果となるわけですが、そんな風潮の中、降伏はしたものの、いつかやり返してやろうと云う面従腹背の精神を反映したシャンソンが流行歌となるわけです。表面上は、敗戦国としてドイツに媚びる自らの姿勢を自嘲気味に“ちんちん”をして愛想を振りまく犬に喩えて。それが、ドガが描いた『犬の歌』なんですね。

ドガ_カフェコンセール_デッサン1875.jpg

 もっとも、ドガはそうした社会性の強いメッセージよりも、ごくシンプルに彼の画家としての興味に従い、女性歌手のポージングの妙や照明による人工的な光線の効果、美しさにのみ惹かれてこの絵を描いていたとしても、僕は少しも不思議には思いませんが(笑)。


柳原義達_犬の唄1961_07.jpg

 そんなドガの『犬の歌』の謂われを柳原も知ったのでしょう。それにインスパイアされ、第2次大戦で敗れた日本を、普仏戦争に於けるフランスと重ね合わせ、戦争の不条理を訴えるメッセージを込めた作品として、この柳原版の『犬の唄』は制作されたと云うわけなのです。

 とは云え、彼はドガの描いた“犬のポーズ”はあえて踏襲しなかった様です。“『犬の唄』を歌う女性そのもの”にフォーカスして、あからさまに示唆的なポージングを必要とせずに、秘められた内奥の声をこそ響かせるべく、様々な試行を重ね、幾つものヴァージョンの制作を重ねて行ったのですね。

× × ×


 ところで、最後に僕が『犬の唄』を調べる気になったきっかけを与えてくれたサティですが、歌手テレザが歌ったシャンソンと、彼の『ぶよぶよとした前奏曲』との関連性は結局分からず終いです。ただ彼の曲も、例えば4曲中第1曲目のサブタイトルが『内奥の声』(Amazonにて一部試聴出来ます→ )とされているのですね。これって、本当の犬のためなら少々哲学的過ぎる(笑)し、ある意味、表では媚びて裏では実は・・・って事にも通じる言葉ですよね。サティの曲は完成が1912年ですから、普仏戦争の終戦からは随分と時間も経ってしまっているわけですが、彼の「犬」も、例え敗戦と直接的な繋がりはなくとも、実は自虐的に云い表されたフランス人(もしくはサティ本人)の事なのでは?・・・と、何の根拠も無く思っている今日この頃のワタクシなのでした(^^。


◆参考サイト:三重県立美術館
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/catalogue/yoshitatsu/sakai.htm


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pistacci

誰かに「この像の題名はね、。。。」とうんちく語りたくなりました。
深いですね~~。とっても勉強になりました。
柳原義達の像は、表情に希望を見ているように思いました。
最後に自決してしまうような、媚びない日本人の生真面目さというか心意気がグーの手に表れてるのかなぁ。
この記事読まなかったら、犬の遠吠え聞いてる?なんて
非常に安易な解釈でおわってました(+_+)
彫刻って、すーっと見て終わっていましたが(およそ美術ファンと言い難い)
これからもう少しちゃんと見てこよう、と、思いました。
・・・ひさしぶりのコメント欄にちゃんと書けたかな。


by pistacci (2013-01-17 18:39) 

TaekoLovesParis

サティの「犬の唄」、聴いてみました。ニコ動で聴いたのですが、「ぶよぶよとした、という奇妙な題曲は、題名によって作品を判断しようとする人々への警告とされる。実際の楽曲は無駄を嫌う作曲者らしい、引き締まった筆致で書かれている」と説明がついていました。私は4曲目がサティらしい明るく親しみやすいメロディで好きです。1曲目はムソルグスキーの「展覧会の絵」を想起。

1961年と1983年、ふたつの「犬の唄」の写真を載せてくださってるから、比較ができて興味深いです。1950年、戦争不条理を訴えるメッセージの作品は、どんなだったんでしょうね。1953年から4年間パリに私費留学しているから、留学前作品はどんな?と思ったんです。私は1983年作品のたくましい背中に惹かれます。力強さ。生命力。前進しようとする前傾姿勢。61年の空虚さ、不安定さ、不均衡さに比べると、大地にしっかりと立ち何かを語ろうとしているかのように感じました。
by TaekoLovesParis (2013-01-18 00:11) 

Inatimy

「犬の唄」の彫像には、そんなお話が背景にあったんですねぇ。 
私、パッと見で、女性のお腹に犬がへばりついてるんだとばかり・・・。
サティは「犬の唄」の他に、"Chanson du chat" と猫の唄もありますね。
(・・・あ、コメント、短い? すみません・・・。)
by Inatimy (2013-01-19 07:47) 

バニラ

なるほど~そういうことだったのですね。  奥が深いですね。
Inatimy さんが「お腹に犬がへばりついてる」っていうから、もう一度見たら、うん、たしかにそう見える~♪
by バニラ (2013-01-20 00:26) 

yk2

みなさま、コメント欄を開けるのが1年ぶり(!)だと云うのに、何も変わらず以前と同じ様にコメント下さり、大変感謝です。ありがとうございます。

◆pistaさん :

戦争ネタですから、真面目な話が出来る相手にでないとしにくい蘊蓄ネタではありますけどね(^^;。

pistaさんは柳原さんの像に希望を見ますか。僕には未だに解釈が難しくって、この女性像の顔立ちと『犬の唄』が結びつけられないでいます。せめてシャンソンの歌詞がどんなものだったか、知る術があったら・・・って思うんですけどねぇ。

>・・・ひさしぶりのコメント欄にちゃんと書けたかな。

だいじょうぶですよ~。逆にこちらこそ妙な気を遣わせてしまって、すみませぬ(笑)。


◆taekoねーさん :

>1曲目はムソルグスキーの「展覧会の絵」を想起

あー、なーるほど。云われてみるとそんな気がしますね。僕にとっては2曲目の『犬儒学派的牧歌』がいかにもサティ“らしい”楽曲。ちょっと教会音楽的な気がして。4曲目「友情をもって」は、この曲が額面通りの『犬の唄』だったら、ここでの友情は犬同士のものなのかなぁ?。それとも、人と犬との友情なのか。ちょっと気になるトコですね(^^。

柳原さんのこの作品を以て、彼を「アイロニーとレジスタンスの彫刻家」として見る意見もあるようですね。僕にはどうも、これもピンと来なくって(^^;。シャンソン「犬の歌」の、戦勝国に対する敗戦国民の精神的抵抗ってのは、柳原作品にはそのまま当てはまらないと感じるんですね。彼は「負け犬」の歌を歌わなくてはならない愚かな敗戦国を、女性歌手の姿形を借りて、「戦争ほどばかばかしく不条理なものはない」と、彫刻で永遠に歌わせたい=戒め続けたい。そんなふうに作家は思っていたんじゃないだろうか・・・などと思うようになりました。


◆いなっぴー :

なんじゃいな、そのお腹に犬が・・・って。コメント短い以前の問題です(笑)。


◆バニラさん :

なんですか~バニラさんまで、たしかにそう見える~♪・・・だなんて。僕には何をどう眺めても、全然そうには見えないんですけど(苦笑)。

by yk2 (2013-01-24 23:27) 

Inatimy

2枚目の写真、犬がへばりついてるように見えますよ。
女性の左胸が犬の頭、右胸が犬の左前脚、お腹のカーブが犬の背中で、
右腰部分に犬の左後ろ脚が・・・と。 想像力、豊かでしょ(笑)。
by Inatimy (2013-02-01 23:37) 

yk2

◆いなちみ~さま :

まったくいなちゃんは、どう見たら、犬がおなかに・・・って、ユニークなのにも程があるよね~って、半ばあきれつつ(笑)思ってたんだけど、家のモニターじゃなくって、外でノートで見てたら、なんとなく、ああ、そう見えるかも、って思えて来たんだけど、果たしていなちゃんが思ってる「犬」と一緒かなぁ?(^^;。

上から2枚目の写真で、向かって女性の左胸の下、陰の部分が犬の頭が真横を向いている感じに思えないことも・・・ない・・・kamo(笑)。

そうそう、話違うけど、いなちゃんから受けていた指令は土曜日に遂行いたしました(^^。
by yk2 (2013-02-05 07:34) 

プロヴァンス

はじめまして。ランシエンヌオーベルジュのブログを読んでちょっと気になったのでコメントさせてください。ランシエンヌオーベルジュのある町はブルゴーニュまで電車で15分なんです。
「折角なら現地で食べる気分でワインの産地も合わせた方がより楽しめるんじゃないか」って書かれていましたが、現地でもワインはブルゴーニュが一番多いんじゃないかと。ハウスボトルは何種類かあるのですがブルゴーニュもあります。
「いかにも伝統的なビストロ料理らしく気さくなロゼは如何でしょう?」ってありますがロゼワインあまり置いてません。まぁ全体的にソムリエの勉強不足ですね。
by プロヴァンス (2013-02-14 09:31) 

yk2

◆プロヴァンスさま

コメント頂きありがとうございます。
1年前のランシエンヌ・オーベルジュの記事(http://ilsale-diary.blog.so-net.ne.jp/AX3_2012-03-12)、自分でも久し振りに読み返しました(^^。

例えば新幹線なら東京~新横浜が18分。でも東横線なら渋谷~自由が丘が15分くらい。利用する鉄道のスピードにもよるでしょうが、いずれにしろブルゴーニュから電車で15分って、めっちゃ近いんですね~。それは、是非ワイン選びの際にお店から伝えて欲しかったインフォメーションです。ブルゴーニュで全然構わないんですよ、って(苦笑)。

>まぁ全体的にソムリエの勉強不足ですね

手厳しいご意見ですね(笑)。
ただ、あの日の2本はしっかり記憶に残る「持て余しちゃった」ワインであったのは事実です(^^;。選んで貰って・・・の結果ですから、やっぱりガッカリ感は強かったですね。ビストロ・フェアと云う普段とは違った状況下ですから、「この料理にはこのワイン」みたいなお薦めが特に有るなら、それに乗ろうとお願いしたワケだったんですが、実際はそうでもなかった様で・・・(^^;。
by yk2 (2013-02-17 09:27) 

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